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結婚の祝辞
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祝辞の例
祝辞(親しい友人に)
(これは大学時代の親しい友人が、結婚したときしゃぺったもので、その点を念頭に入れて読んでください)
どんな男でも一生のうちには、恩師、先輩のかたがたから学術優秀な秀才とほめられ、未来を期待されている男と激賞さ九る機会が一度だけ訪れてまいります。それは言うまでもない結婚式であります。
(間をおいて)実はかく言う私は、籔田君と大学の同級生でありますが、四十八人のクラス中、四十七番目と争う低姿勢の卒業成績を得ましたのに拘わらず、二年前、妻を得ましたとき、本日の新郎籔田茂君ほどではありませんが、やはり仲人、恩師、先輩のかたがたから在学中より将来をショク目された秀才とおほめの言葉をいただいたのである。もっともそのあとで、今日ご出席なざっていらっしゃいます安藤教授がそっと私の肩を叩かれまして、狼を羊と吹聴して売りつけるのはムツカしいもんだな」。ニヤリと笑われたのを今でもはっきりおぼえております。
と、すると・・・(と意味ありげに間をおぐ)本日、この式のあとで・・・(間をおいて)また安藤教授が新郎籔田の肩をそっと叩かれて(問をおいて)私と同しように・・・。失礼いたしました。
もう一つ、今までのみなさまにちょっと訂正させていただぎだいことかあります。それは先ほど、仲人のかたのお言葉に、新郎籔田は資性温和の青年というのがございましたが、これなとんでもな~い、と申しますのは、学生時代、私はこの資性温和なはずの彼に、眼から火が出るほどブン殴られた経験があるからです。
籔田も私も、その頃、サッカーをやっておりまして・・・ところが私たちの大学はサッカーが非常に弱い。二年のときB大学との試合でみしめな負け方をいたしましたので、私は愛想がつきて部をやめるときっぱり申し出たのであります。ところがその帰りに籔田と口論になってイヤというほど撲られた。私を撲った籔田の言葉を私は忘れません。「おれは弱いからといって自分が一度サイを投げた部を捨てるような男は大嫌いだ」この言葉をきいて、私は彼に一本やられたと思い、握手をして仲なおりいたしました。
私はただ今、おいしいご馳走をいただきながら、このときの籔田の言葉を思いだしていたのであります。自分がサイを投げた部にどんなことがあっても殉じた彼のことでありますから、まして大きなサイを投げた美しい奥さまには天地がひっくりかえっても殉じるでありましょう。・・そういうのが今日の新郎籔田の性格なのであります。終りッ!
由紀子さまに
学校を卒業されたばかり、まっ黒に日やけして、ハネまわっていたお嬢さまが、オヤオヤという問に、すっかり美しく大人びてゆかれるのを、驚いて見守ってきた私には、こうしていま、まぶしいばかりの花嫁姿を拝見して、にわかに掌中の珠をとられるようなさびしさにおそわれます。
このごりっぱな花嫁さまに育てあげる何分の一かをお手伝いをさせていただいた私でさえ、こういう気持なのですから、長い問いつくしみ育ててこられたご両親さまには、およろこびとおさびしさと、いかばかりでしょうか、と私も年ごろの娘をもって治りますだけに、お察し申し上げるしだいでございます。
私の受持ちは生花でございますので、毎凋一回ずつ、親しく笑ったり、ほめたり、しかったり、心配したり、自慢したりして、いつしか一二年を過ごしてしまいました。由紀子さまは、明るい近代的な性格の方で、新しい素材や花器を大胆にとり入れてゆく鋭い感受性に、いつも驚かされてまいりましたが、その反面、お正月には松とか梅とか、伝統をもった純日本的な清楚な花を真剣にうちこんで研究なさる、という姿も見せてくださいました。
近代感覚ではちきれそうなお嬢さまも、その心の奥のドアをそっと開いてみると、優雅な日本的な魂をしっかりともっておられたということが、この由紀子さまの場合にははっきりと申し上げられるのでございます。
ご自身の天性でもございましょうが、ご両親さまのしっかりとしたご教育が深く身についておられるからと思われます。新しい時代の知識と感覚とをひたむきにくみとってゆかれながちな、おなかの中にはちゃんとりっぱな「ものさし」を持って、ゆるぎのない日本女性の心が脈うっているのを、こうして由紀子ざまに親しく感じてまいりました私でございます。
このごりっぱなだんなさまと、よい家庭をもたれ、やがてお子込まの母になられるにつれて、ますますそのよさ、賢しさを発揮され、家庭の光となっでゆかれるだろうと信じて疑いません。
最後に、新郎さまに特にお願いいたしますが、どうか花嫁さんをたいせつにしていただきたいと存じます。大事になさいますほど、花嫁さんのよさは輝いでまいりましょう。末長く、お二入のおしあわせをお祈り申し上げて、お祝いのことばにいたします。
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